Ⅰ はじめに
自然との共生を図りながら、人間社会における物質循環を健全なものにすることで、持続的可能な社会が実現されることを目指して「第2 次循環型社会形成推進基本計画」(以下「新計画」という)に基づく「循環型社会」3R(Reduce:減らす、Reuse:再使用、Recycle:再資源化)による資源循環)、「低炭素社会」(温室効果ガス排出量の大幅削減)、「自然共生社会」(自然の恵みの享受と継承)への取組が推奨されている。
大量生産、大量消費、大量廃棄型の社会経済活動の仕組みを根本から見直す循環型社会構築のための活動を実践・検証することは、今後の未来を担う世代において極めて重要なことである。
こうした背景を受けて四日市大学の「エネルギー環境教育研究会」では、循環型社会の形成に向けて「伊勢竹鶏物語~3R プロジェクト」が展開されている。産学官の連携で生ごみに竹粉を混ぜて鶏の飼料を作る。鶏糞は肥料として野菜栽培に活用する。卵や野菜などの生産物は地域や市場に戻すというモデル事業において、私たちは竹粉を混ぜた飼料により飼育された養鶏卵の品質を細菌・形状・栄養成分の観点から検討したのでその結果を報告する。
Ⅱ 調査期間と調査方法
鶏卵の細菌・形状・栄養成分の分析・解析は平成21 年11 月3日~12 月20日に実施した。詳細は以下のとおりである。
1. 細菌調査:
鶏卵が原因と考えられるサルモネラ(以下SE という。SE:Salmonella Enteritidis)食中毒は2000 年よりが毎年発生し、平成7 年9 件(患者数132名)、平成8 年12 件(患者数360 名)であった。平成9 年以降は厚生労働省の調査によると、年間の食中毒の件数は2000 件、患者数約4 万人で、そのうちサルモネラ中毒は1 万人(患者数)を超えている。未殺菌液卵(全卵)の調査では、平成2 年に1,370 検体中55 検体(4.0%)、平成4 年は150 検体中18検体(12.0%)からSE をそれぞれ検出していた。そのため、今回の細菌検査ではSE の存在を確認することにした。
卵のSE 汚染経路については、鶏の体内で卵の卵白等が汚染されることや産卵後にSEが卵殻表面から卵内部へ侵入することが報告されている。さらに、SE汚染を受けた卵は、その後の温度条件と保存期間によっては、卵内のSEが増殖し、一旦、割卵した卵については、保管の温度条件が劣悪であれば、すみやかにSEが増殖するという知見が得られている(厚生労働省1997)ことから、今回の調査では「卵殻表面」と「卵白中」のSE の存在を確認することにした。
調査期間は冬季の代表的な2 日間の12 月9 日と16 日である。試料の採集時間は両日ともに7 時~9 時の2 時間で、モニター以外の養鶏卵の回収作業に支障を来さない時間に実施した。
いずれも2 時間の間に生まれる鶏卵は介入群(竹入飼料)30 数個、コントロール群(竹なし飼料)5 個で、そのうち、産卵直後に卵殻表面がケージ等に触れずに採集できた鶏卵を細菌調査の対象とした。
卵殻表面は、日水製薬フードスタンプ「MLCB Agar 寒天(サルモネラ/Salmonella)」に産卵直後の卵殻表面を軽くまんべんなく押しつけるというスタンプ法を用いた。
卵白は 割卵後に環境菌により汚染されないよう、クリ-ンベンチ(外気中の粉塵を99,7%カットし、精密濾過した空気を一方向に作業スペースへ吹き付け、紫外線による殺菌効果を放つ装置)内で一連の作業を行った。
まず、卵殻表面はアルコール綿花で拭き、滅菌後のシャ-レに割卵した。
卵の白身は注射器に吸引した後に、検体を直接接種可能な「MLCB Agar 寒天(サルモネラ/Salmonella)」培地へ濃厚に接種し、35℃、48 時間培養した。MLCBAgar 寒天はInoue (Akao Inoue.1968)らによる食品中の選択分離培地の処方に基づく商品で、その特徴はコロニーの外観が明確なため、少量の硫化水素産生株を容易に肉眼で観察できることにある。
培養の結果、硫化水素産出性Sal onella 属の典型的な大きな紫-黒色のコロニーを発見した場合は鶏卵がサルモネラに感染していると推定し、釣菌して生化学的および血清学的テストで確認することとした。
2.形状評価
鶏卵の縦径・横径・重量を測定した。
調査期間は冬季の代表的な2 日間の12月9 日と16 日である。米唐竹粉末含有飼料の配分は標準飼料50%に米唐竹粉末50%(竹粉末5%、野菜10%、パ
ンくず35%、)を加えたものである。
採集当日に産卵した卵のうち、標準配合飼料による卵の産卵個数20個と同じ個数を
米唐竹粉末飼料の鶏卵50個より無作為に抽出し、米唐竹粉末飼料と標準配合飼料によ
る卵の形状を測定した。測定内容は縦径・横径・重量で、測定にはプリティ1.5m 布メ
ジャーとTANITA デジタルクッキングスケールを用いた。
鶏卵縦径・横径・重量は平均値、標準偏差を算出し、対応のあるT検定により平均値の差の検定を実施した。統計の解析ソフトはSpss17.0 を用いた。
3.栄養成分分析
鶏卵をはじめ食品の栄養成分は、平成11 年11 月に包装形態の殻付き卵に対して期限・規格基準・機能基準(製造基準、保存基準)を表示することが義務化された。また、平成15 年5 月、健康増進法では栄養表示や栄養成分の表示が奨励され、栄養成分の表示は周知されつつある。また、熱量、炭水化物、タンパク質、脂質、ナトリウム、α-リノレン酸等を測定し、鶏卵の品質を差別化する動きも散見されたが、標準配合飼料そのものは、適正な標準体重、産卵率を期待できる餌として標準化され、主たる栄養成分のタンパク質やミネラル類はほとんど変わらず、餌の成分に竹粉末や野菜の繊維質が加わることによって変化するのは脂様性ビタミン類であると予測された。
そこで今回は、基礎成分(熱量:水分量、タンパク質、脂質、灰分、炭水化物)、コレステロール、Na(卵は加工食品に分類されるため、Na の測定は必修である)、脂様性ビタミン(A・D・E・K)量を測定し、米唐竹粉末飼料の鶏卵は標準配合飼料の鶏卵の栄養成分と比較し、安全面では大きな差がないことと、優れた栄養素が存在するかを確認することにした。試料の分析は日本食品分析センター(*注1)へ依頼した。測定に用いた鶏卵の数は米唐竹粉末飼料と標準配合飼料による鶏卵各10 個である。米唐竹粉末の成分は竹粉末5%、野菜10%、パンくず35%、一般飼料50%である。
4.竹粉末パウダーの抗菌機能
竹の抗菌性と抗菌機能を発揮する溶媒の濃度を把握するために下記の実験を行った。
竹粉末は「5%」「0.5%」「0.05%」に希釈し(この濃度は一般的な細胞培養の比較に用いられる濃度である)、オートクレーブ121℃、20 分(*注2)にかけた。使用した培地はTSA培地:TSA(トリプチケース・ソイブイヨン培地Trypticase Soy broth/agar:成分は膵酵素カゼイン、パパイン消化大豆、NaClを加えた寒天培地で特別な条件を必要としない細菌の培養やとりあえずいろいろな菌を培養(雑菌培養)させたいときに用いる培地)で、培地上部には黄色ブドウ球菌を接種した。
「5%」「0.5%」「0.05%」の竹粉末培養液とコントロール群として、①ポジティブコントロール(ペニシリン、ストレプトマイシンの抗生物質を混合したもので、積極的な抗菌作用を発揮する対象群として使用)、②ネガティブコントロール(いろいろな培養液を希釈する水のような成分)を吸収した直径1cm の試験紙を培地上へ並べ、37℃、24 時間培養した。
Ⅲ 結果
1.細菌調査 卵殻表面と卵白におけるサルモネラ菌の存在を確認したが、両日ともにいずれの培地でも硫化水素産出性Salonella 属の典型的な大きな紫-黒色のコロニーは発見されなかった。 平成21 年12月12日採集の鶏卵 上段:卵殻表面 下段:卵白 0CFU/10m² Figure1-1 12.12 卵殻表面と卵白における細菌培養の結果平成21 年12月19日採集の鶏卵 上段:卵殻表面 下段:卵白 0CFU/10m2
Figure1-2 12.19卵殻表面と卵白における細菌培養の結果
2.形状評価
米唐竹粉末による卵50 個と標準配合飼料による卵20 個の縦・横・重量の平均値と標準偏差をTable 2 に示す。
米唐竹粉末による卵と標準配合飼料による卵の形状に差があるかどうかについてt 検定(*注3)を行ったところ、縦径(t=7.716, df=60, p<.001)、横径(t=8.957, df=68, p<.001)、重量(t=2.063, df=141, p<.001)のすべての項目において0.1%の有意水準で差が見られた。
以上より、米唐竹粉末による鶏卵は標準配合飼料による鶏卵に比べて、縦径・横径は1.07 倍、重量1.16 倍小さく、JA全農たまご株式会社による鶏卵の簡易規格表(*注4)の「MS サイズ」に相当した。
3.栄養成分分析
日本食品分析センターの分析による鶏卵可食部100g 中の栄養成分量をTable 3 に示す。米唐竹粉末による鶏卵と標準配合飼料による鶏卵の栄養成分を比較する参考資料として「18 五訂日本食品標準成分表」(*注5)を併記した。
Table 3 鶏卵可食部100g 中の栄養成分量
米唐竹粉末による鶏卵と標準配合飼料による鶏卵と栄養成分を比較すると、鶏卵の主たる栄養成分である「タンパク質(血や肉を作り、抵抗力をつけて傷を治す)」、「水分」、「灰分(食品を焼いて残る灰のことで、食品では無機質、ミネラルといわれ、歯や骨の堅い組織を作る成分をいう)」はほとんど差がなかった。
「エネルギ-(熱量のこと、1 カロリーとは14.5℃の水1g を1℃上昇させるのに必要なエネルギ-で、食べ物の場合はこの千倍の1 キロカロリ-を使う)」、「脂質(大部分は脂肪酸で、人体のエネルギー源となり、細胞や血管など支える栄養素)」、「Na」は米唐竹粉末による鶏卵の方が少なく、「炭水化物」は米唐竹粉末による鶏卵の方が多い値を示した。
米唐竹粉末による鶏卵の脂質が少ないのは、標準配合飼料と米唐竹粉末の飼料成分の違い(米唐竹粉末飼料は、繊維質である竹や野菜が多くなる分、脂質含有量が少ない)によると考えられる。しかし、米唐竹粉末による鶏卵は、標準配合飼料に比べて脂質含有量は若干少ないものの、標準配合飼料より野菜の成分が増えるため、植物性由来の脂溶性ビタミンであるβ―カロテンの含有量が多くなるので脂質含有量は決して少なくないといえる。同様に米唐竹粉末による鶏卵に炭水化物が多い原因は、米唐竹粉末にパンくず等が含まれていることによる。
以上より、鶏卵の栄養成分は飼料の成分に影響を受けるが、標準配合飼料を半減して竹や野菜、パンくず等の廃材を混入して作成した「米唐竹粉末」飼料による鶏卵でも、卵の主要な栄養源であるタンパク質やビタミンE(老化予防)は標準配合飼料と比べて衰えていないことから、「米唐竹粉末」飼料は鶏卵の品質に何ら悪影響を及ぼしていないことが明らかになった。
4.竹粉末の抗菌作用
竹粉末の培養液(5%, 0.5%, 0.05%)を含む試験紙とコントロール群として①ポジティブコントロール(ペニシリン、ストレプトマイシンの抗生物質を混合したもので、積極的な抗菌作用を発揮する対象群として使用)、②ネガティブコントロール(いろいろな培養液を希釈する水のような成分)を吸収した直径1cmの試験紙を培地の上へ並べ、37℃、24時間培養したところ、①ポジティブコントロールの試験紙周囲では抗菌反応を確認したが、竹粉末はどの濃度の溶液においても確認できなかった。この原因としては、竹粉末の粉砕の程度が粗く、水に溶けにくかったことや、濃度の設定が抗菌機能を発揮できる濃度ではなかったことが考えられる。確かにこれまでにも竹の表皮をアルコールで抽出した液にはカビや細菌を抑える働きがあると報告されている(現代農業 2009年)ので、今後も継続して細菌の菌種や濃度を変えながら竹の抗菌作用を確認する必要があるといえる。
*注1 日本食品分析センターは、食品の栄養表示,賞味期限を設定する検査,衛生・品質管理のための微生物検査,農薬・食品添加物分析,アレルギー・遺伝子関連試験,異物検査,容器包装試験,環境保全関連試験,薬事試験(医薬品,医療機器,化粧品)等を行う分析試験機関で、分析方法や結果に対する信頼性は高い
(名古屋支店:連絡先 〒460-0011 名古屋市中央区大須4 丁目5番13 号 TEL 052-261-8651 FAX052-261-8650)
*注2 オートクレーブとは内部を高圧力にすることが可能な耐圧性の装置を用いて病原体などを死滅させる滅菌処理装置のことをいう。
*注3 t 検定とは、2 つの母集団がいずれも正規分布に従うと仮定した上で、平均が等しいかどうかの検定を行う方法をいう。T
は「t値」 dfは「自由度」, p<.001は「有意水準」を示している。有意水準(significance level) α (0<α<1) は、どの程度の正確さをもって帰無仮説H0を棄却するかを表す定数をいう。0.05 (= 5%) を用いるのが一般的であるが、そのとり方は学問・調査・
研究対象によって違いがある。0.05 水準で有意ならば * 、0.01水準と0.001 水準に対してはそれぞれ ** 、 *** とアスタリスクを表示する。
*注4 JA全農たまご株式会社による鶏卵の簡易規格表
*注5 五訂日本食品標準成分とは、「我が国において常用される食品について標準的な成分値を収載するもの」である。原材料の食品だけでなく、配合・加工・調理法によって成分値に差異が生じる加工食品や調理食品も分析値や文献値などの標準成分値を
収載している。
*注6 食塩相当量は、ナトリウム(mg)×2.54÷1,000=食塩相当量(g)の計算式を用いて筆者が計算した。
文献
厚生労働省「食品衛生調査会 卵によるサルモネラ食中毒の発生防止について」1997
Akao Inoue et al.(1968) Proceedings of the Japanese Society of Veterinary Science.
Nu ber 169. Jap. J. Vet. Sci.30.
農文協 編 ありっ竹使いきる 現代農業 2009年04 月号
資料 米唐竹粉末資料による鶏卵と標準配合飼料による鶏卵の形状測定結果